40. ボディショット奏法

STEP3 バディ・リッチのイスの秘密

ビデオ等でご存知の方も多いと思いますが、昔のドラムイスは、お世辞にも安定性が良いものではありませんでした。座面の大きさも最近は13インチ位が主流ですが昔は11〜12インチだったのです。

しかし、ドラムイスの進化に反して(?)、バディ・リッチなどは晩年まで「筒型」の不安定なイスを使用しており、ドラムソロの途中で動いてしまったイスを手で引き戻す姿も残された映像の中にたびたび見られます。

なぜバディ・リッチほどのドラマーが演奏中に位置がずれるような旧式のイスを“愛用”していたのか不思議に思いませんか?バディ・リッチは長いキャリアの間にドラムセットを何度も替えており、「使い慣れているから」というだけで旧式の「筒」のイスに固執したとは考えにくく、常に「より良いイス」を探していたはずです。

見た事がない人も多いと思いますが、筒型のイスってこんなに不安定なんですよ!

1950年代頃までのドラムイスは、写真(左)のように筒型のものが主流をしめていました。(1970年頃まで生産されていました)

このドラムイスはペダルやシンバルスタンドを中に入れて運ぶハードウェアのケースも兼ねていたのです。

つまり、演奏時には中が空洞となるため、かなり不安定で、演奏中にドラマーが後ろに引っくり返る事故も少なくありませんでした。

ちなみに2002年6月号のドラムマガジンでは、このイスが「実用無視の発想のイス」と紹介されてしまうほど極端に安定性が悪かったのですヨ!(もちろん高さ調整なんて出来ません!)

たしかに、バディ・リッチは3ステージに2回ほど、ソロの途中で瞬間イスを叩きながら、おどけた顔をして観客を笑わせたりもしますが、まさか、それだけのために、この不安定なイスを使っていたわけではないでしょう。

(※「見た目」や「ショーマンシップ」のためと考える人が多いようですが、通常、客席からはドラムイスは見えません!

つまり、バディ・リッチにとって「あの筒型のイス以上にドラム演奏に適したイス」は見つからなかったという事ではないでしょうか?

それでは、なぜバディ・リッチのイスは不安定である必要があったのでしょうか?

図1

その答えは「大腰筋」(図1参照)にあります。大腰筋とは脊柱と大腿骨をつなぐ、外からは認識しにくい身体の奥にある骨格筋の一つで、骨盤の操作や姿勢の維持に使われる事から、近年スポーツ医学の分野で特に注目され、徐々に脚光をあびてきました。今では優れたアスリートになるために必要不可欠な筋肉として常識となっています。

「何だか難しいな〜」と思ってしまった人に分かりやすく説明し直すと、日本古来からの表現で「あいつは腰が入っている、入っていない」とか「腰を入れろ、抜くな」などという言葉を耳にした事があると思います。

戦国時代から人体力学が盛んだった我が国では、「大腰筋」の活用法を「腰を入れる」という言葉で表現し、「何事も腰を入れる事から始まる」といわれる程、すでに大腰筋の重要性を説いていたのです。東洋オタクとしても知られるバディ・リッチは当然その事を知っていたのではないでしょうか?

普通のイスは「座って休んでいる状態」を長時間続けても快適な様に設計されていますが、ドラムイスは「その上に乗った状態で手足を動かし、重心位置も刻々と変わる身体」を支えるもので、「必要とされる機能」が全く違います。

立っているときには、身体のバランスを修正し続ける為に誰でも無意識にある程度「腰」が入っているものです。しかし「さあドラムを演奏するぞ!」とドラムイスに座ったとたんに自身でバランスを取ることをやめてしまうために、いわゆる『腰が抜けた状態』になっている人が実に多いのです。

立った状態でバランスを取るためには必ず大腰筋が使われています。ドラム演奏において骨盤を動かす際にも、この大腰筋がとっても大事なんです。腹筋、背筋や大腿四頭筋(フトモモの筋肉)でも骨盤は動かせますが、ドラム演奏における小さくスピーディな動きには対応できません。

大変多くのドラマーが「完全に腰が抜けた状態」で演奏しているために『腰が抜けた音』にもなりやすくなってしまっているのではないでしょうか?ドラムを演奏する際にはたとえ座っていても「立っている」つもりでないといけないのです。そうすることで、スピーディーなプレイでも音圧の効いた迫力のある音で演奏できるようになるのです。

不安定なイスでドラムをプレイする際には「転倒への危機感」が常に伴います。そのため人間はバランスを取ろうと、誰でも本能的に大腰筋を使ってしまうのです。バディ・リッチは、あえて不安定なイスを使うことで「腰抜け状態」になってしまうのを回避していたとは考えられないでしょうか?

その結果、大腰筋もフル活用され、あの素晴らしいキレと迫力のあるドラミングが可能だったのです。

(※K’s MUSICでは、あえて不安定なイスを使用することで「腰が入った状態」を身に付けるレッスンも行っています)

NEXT骨盤のアップダウンだけでもショットは可能です!